Waterfall 信仰の遺跡
茶色に似た白い砂。黒い粒がところどころに見えている。
スノーフルの砂と同じくサラサラとした砂。違うところがあるのなら至るところに生えている緑色の謎の物体だろうか。
明らかにチクチクとしたとげがついている。触らない方が賢明だろう。
看板が立っている。ようこそウォーターフェルへ!と書かれており、行く方向へ矢印がつけられていた。
どうやらこの砂漠一帯はウォーターフェルと呼ばれているようだ。
スノーフルといい、名前に矛盾を感じる。
看板は、この広い砂漠のせいか、たくさん立てられていた。
だいたい20M、いや15Mくらいの間隔で立てられている。
そのせいか砂漠の見栄えは悪い。
砂はフリスクの足首まで浸かるように覆っている。
パピルスと戦った時は砂嵐があったが、今は風はなく、ゴーグルをかける必要もない。
まだ朝ということもあり、暑さはまだない。まだ過ごしやすい気温だ。
だが、なにがあるかわかったものではない。
茶色のマントを少し整えて、フードの角度を直す。
ウォーターフェルへ足を踏み出そうとした時だった。
なにか聞こえる。
「フリスクー!フリスクー!!」
後ろから聞こえる。振り返ってみると、キャラが洞窟の中から姿を現した。
フリスクの目の前に来てしゃがみこみ、はぁはぁと息を切らした。どうやら走ってきたようだ。下手をしたらパピルスとの稽古も見られていたかもしれないなと思うとほんの少しだけヒヤッとしていた。
「よ…よかった。フリスクってば何も言わずに出て行っちゃうんだもん。はい、これ!」
キャラが風呂敷に入れたなにかを差し出す。
「朝ごはん!なにも食べてないでしょ?私たち人間はモンスターと違って食べないと生きていけないから…」
気を使ってくれているのだろうか?
受け取ることにした。お腹が空いていたこともあったからだ。
近くに座る場所がないので仕方なく、砂の上に座る。
幸い、風がないため、食べ物に砂が入る心配はなさそうだ。
柔らかい砂のせいでズボンの中にまで砂が入りそうになる。
なんとか入らないようにと考えているものの完全には不可能だった。
タイツをしているものの入り込んだ感覚がある。不快に感じるが仕方ない。
キャラは正座をして袋の中身を出す。
透明な箱に入った…これはパンだろうか。丸い形をしていて硬そうなパンが4つ入っている。
キャラはパンを一つ出して、フリスクの前に差し出した。
そのパンを受け取る。
「ありがとう、キャラ」
「ううん、どういたしまして」
もらったパンにかじりつく。見た目通り硬い。硬くてかみちぎるのが大変だ。
でも硬いのは外側だけで、中身はふわふわとしていておいしかった。
それにほんのりとまだ温かい。焼きたてなのだろうか。
「これ、美味しいでしょ?これね、私が作ったんだよ!パピルスとサンズの朝ごはんはいつも私が作ってるんだ。でも食料があまり取れるわけじゃないから、パピルスとサンズはいつもご飯残して、私にくれるんだ…。私が人間だから食べないと生きていけないのは分かってはいるんだけど……そこまで気を使ってくれなくてもいいのにね」
少しだけムスッとした顔をしながらパンを頬張っている。
フリスクは返事をせずに同じくパンをかじる。
「あ、お水、一応持ってきたんだ。パンだけだと喉が渇いちゃうからね」
そういうとキャラはパンを口にくわえ、残りのパンが入った透明の箱を膝の上に置いたままマントの中から肩掛けの水筒を取り出して蓋を取り、その蓋に水筒の中の水を注いでフリスクに渡す。
硬いパンなので、喉の通りをよくする水は嬉しかった。
「ありがとう」
ごくごくと喉を鳴らすように片手で水を飲む。
キャラが食べながら話をした。
「あのね、フリスク…金色のお花……見つからなかった…」
キャラの顔を見る。顔を下に向けて暗い表情をしていた。
「金色の花って願いを叶えるんだっけ…?」
「うん…」
キャラはその金色の花がモンスターであることを知らないのだろうか?
なら教えてあげるべきなのかもしれない。
「金色の花、僕、見たって言ったよね?あれ、花じゃなくてモンスターだったよ?」
「えっ……?」
キャラが顔を上げて驚いた顔をする。やはり知らなかったようだ。
「確かに金色の花だったんだけど、おしゃべりしてて、緑色の蔓を出していたんだ」
「金色の花がモンスター…?だから見当たらなかったのかな…」
やはり、フラウィーのことについては知らなかったようだ。
話しておいて正解だったのかもしれない。
フリスクがパンを一つ平らげた。
それを見てか、キャラが気づいて、もう一つのパンをフリスクに手渡す。
「私はどれだけ探してもなにも見つからなかったのに…フリスクはすごいね」
「さぁ…僕にもどうしてかは分からないけれど…いきなり目の前に現れたんだ」
「…そっか…私にはなくてフリスクには何かがあるんだろうね。なんだか羨ましいや」
キャラもパンを食べ終えてもう一つのパンを取り出したが口には運ばず、手で持ったままだ。
互いに気まずい雰囲気が出ている。それもそうだ。キャラが必死になって探している花をフリスクは簡単に見つけてしまったのだから。
なにか、話題を作らないと…。
「キャラは…サンズとパピルスとはどうやって出会ったの?」
キャラが顔を上げてフリスクの方を見る。
「…家を飛び出して、最初はホットランドのお店がたくさんある所にいたんだけど家から出た事がなかったからいろんなモンスターに声をかけられてね、困ってたところをサンズが助けてくれたの。帰る家がないって話をしたらすぐスノーフルまで連れてきてくれて…。彼は、私のヒーローなんだ」
そう話すキャラの顔がわずかに微笑んでいた。
「パピルスも、最初サンズが私を連れてきたときは「サンズ!なんだそれは!まさか…新しいペットでも買ったの?まさか育ててから食べるつもりなんじゃ…!」って言って驚いていたのはすごく印象に残ってるよ。そのあとサンズが「使い用途(養豚)はないぜ」って言ってた。最初は意味がよく分からなかったけど、後になるとなるほどーってなったよ」
ふふふと思い出し笑いをしている。
「………………………そっか」
「本当に、あの二人には救われてきてるんだ。だから力になりたいって思ってる…んだけど……。………………………」
キャラが持っていたパンを膝の上に置いて右腕を押さえ始めた。
顔を下に向けているからわかりにくいが、苦しそうな表情が見てとれた。
「…キャラ?」
「………………………」
話ができるほどの余裕すらないようだ。
いったいどうしたのだろう。意味が分かっていないため、どうしたら良いかもわからない。
とりあえず、背中をさすることにした。
何の効果も得られないことは分かっているけれど、いまフリスクにできることと言えばこうして心配することしかできなかった。
痛い、のだろうか。だが、キャラは何も言葉を出さずにただ耐えているように見える。
顔を覗き込むと額にじんわりと汗がにじんでいる。その汗は静かに頬を伝い、顎から落ちていく。
それだけでとても汗をかいていることは明白だった。
しばらくしてキャラは、はぁはぁと息を整えるように呼吸をする。
少し落ち着いた様子を見計らい、フリスクは水筒の中の水を出してキャラに差し出した。
「ごめんね、フリスク。心配かけさせちゃって…。ありがとう」
「大丈夫…?」
「うん。今はね」
「腕、痛いの?」
「うん。たまにこうやってとても痛い時があるんだ。最近は特にひどいの。だから痛み止めのお薬を貰っているんだけど効かないみたいで…」
顔の汗を袖で拭いた後、心配をかけさせないようにか、にこっと笑いかけた。
そういうのならもうフリスクから言えることはもうない。
フリスクから渡された水を飲む。この砂漠の中では少しの水分でも体からなくなってしまうのは危険を伴うからだ。
「フリスク、ありがとう。このパン、フリスクにあげるよ。私、サンズを探してくる。家に一度帰りたいのはあるんだけど、パピルスが私のマントを作るのに夜遅くまで起きてたらしいから帰るに帰れないんだ。起こしたら申し訳ないし」
キャラはフリスクにまだ手をつけていないパンを渡すと立ち上がる。
「この矢印に沿って行くと、ホットランドに行けるんだ。その前にオアシスがあるはずだからそこに行くといいよ」
キャラがスノーフルのほうへ歩いていく。
「あ!待ってキャラ!」
咄嗟に彼女を引き留める。
僕は彼女の力になれないだろうか。
そんな思いから声をかける。
キャラがフリスクの声に気づいて振り返った。
表情はなんだか憂いを帯びているように感じる。
無意識なのか僕はキャラにこう言った。
「あ…ぼ…僕も探す!探すよ!金色の花!だから、そんな顔しないでよ」
彼女はフリスクの言ったことに少し驚いて目を丸くした。
そのあと、体を完全にフリスクに向けて、にっこりと口角を上げ、屈託のない笑顔でこう答えた。
「ありがとう」
キャラと別れて、一人になる。
キャラからもらったパンも平らげて、前を見据える。
矢印の看板だらけで、改めて驚いてしまうがこの広大すぎる砂漠で迷子になる心配はなさそうだ。
砂は相変わらず、柔らかく足首まで埋まってしまう。
誤ってどこかに落ちてしまうのではないかと不安になるくらいだ。
風はまだない。
歩きやすくはないが、風がないだけでとても楽なように思える。
お腹はいっぱいになった。
さぁ、キャラのためにもフラウィーを捜さないといけない。
どうしてか、彼女の力になりたいと思った。同じ人間だからだろうか。
その前にアンダインというモンスターとも会わなくてはならない。
そのモンスターならフラウィーのことを知っているかもしれない。
いや、よく思い出してみると、フラウィーは「見ている」と言っていた。
まさか、今も見ているのか…?
そう考えて周りを見渡す。あるのは矢印の看板と茶色に似た砂、チクチクとした植物と嫌になりそうなほど澄んだ水色の空とサンサンと輝く太陽だけだ。
進んでいけば会えるかもしれない。
HOMEやスノーフルは探索し終えていないが、もしかするとキャラが捜してくれているのかもしれない。
そう願おう。
矢印の方向に進んでいくとオアシスがあるって言っていたから、まずはそこに進もう。
一人の子供は日差しの強くなる砂漠の中、矢印を頼りに進んでいく。
パピルスと稽古していた時よりも太陽は攻撃的に、熱を発してくる。
その熱は砂の上で籠り、触ると熱くなっていく。
まだ昼時ではない、が暑い。直射日光では頭が焼けていたかもしれない。
足もタイツがなければこんがりと焼けていただろう。
魔法の影響なのだろうか、キャラから渡されたマントはつけていても暑苦しさを感じない。
暑くなる日差しの中、一つの影が揺らめいた。
影は青い光を手の平から作りだして、細長く先端の鋭い何かを握りしめた。
影は足を大きく広げ、大きく振りかぶり、青い光から作られた棒を子供に向かって一直線に投げつけた。
ブォンと空を切る音。
「!」
フリスクが何かを察して振り返った。
青い光がこちらに向かって飛んでくる。咄嗟のことに驚いて上半身をのけぞる。
光はフリスクの鼻の先端ギリギリを通っていく。
フリスクは心臓が飛び出るほどに驚いて、そのまま尻もちをついてしまう。
砂が柔らかいため、尻ポケットに入っているお守りでお尻を傷めなくて済んだ。
飛んできた方向を見る。
茜色の髪が見える。
青い肌…?黄色い服…?眼帯に、耳は人間とは違うヒレのようなものがついている。
足も胸元もそうだが、だいぶはだけた服装をしているようだ。
「ちっ外したか…!」
舌打ちをするモンスター。明らかに、フリスクに対して敵意が表れている。
これは逃げた方がよさそうだ。
すぐさま立ち上がり矢印の方向へ走っていく。
「!! 逃がすか!」
後ろを走ってくるモンスターはフリスクを追いかけていく。
その姿は振り返らずとも鬼の形相で追いかけているのは確実に分かっていることだからあえて振り返らない。振り返って後悔するのは目に見えている。
ブォン、と何かが聞こえる。
察して、後ろを振り返ると青いモンスターが自分の肌と同じ色の光を放つ、槍の形状をした武器をフリスクに向かって投げつけた。
それも一つだけではない。一つ、二つ、いや、ざっと数えて10はある。
魔法の力か、宙に浮いた10の槍はまっすぐではないもののこちらに飛んでくる。
後ろを振り返りながら、飛んでくる方向を見定める。
この槍は僕に当たるもの、これは当たらないもの、正確に判断をしながらしゃがんだり、右や左に躱していく。
その様子を見てか、モンスターは舌打ちをしている。
「逃げるなこの臆病者!!」
罵倒が聞こえる。
そんなこと言われても、攻撃をしてくる相手の前で立ち止まるはずもなく、聞く耳を持てない。
言葉を無視して走り去る。
相も変わらず、槍は飛んでくる。
そのたびに攻撃を躱そうと逃げながらこの打開策を思考に張り巡らせる。
これじゃ埒が明かない。どうすれば…。
キャラとの約束もある。こんなところで立ち止まるわけにはいかない。
そうは思うが、すべての槍を躱すことはできずに何度か体を掠っている。
痛みは確かにあるが、それよりも逃げることのほうが先決だ。
走るも、この柔らかい砂では走りづらい。
それに躱しながらのせいで、どんどんと距離を詰められてしまっている。
打開策……!話し合う…?
振り返ると口角をにやりとあげ、目を見開き小動物を捕らえる野獣のような顔のモンスターと会話ができるはずがない!聞く耳を持たない!
あと少しで捕まってしまいそうな距離まで詰められる。
捕まってしまったら…そう考えるも考えたくないと自分の思考が拒否する。
嫌な予感だけがフリスクの思考を支配する。
走り続けていたときだった。
「!?」
急に滑り落ちた。体はバランスを失い、滑り落ちたほうへ転がっていく。
モンスターを見ていて前を見ていなかった。意味が分からず、空が回転するように視界が目を回す。
転がり落ちて、気づいたころには遅かった。
右足が砂に囚われていた。動こうとしても身動きがとれない。
フリスクを追ってきたモンスターが見下ろしていた。
よく見れば、砂が動いている…?フリスクの右足を中心に。
しかも右足がどんどん沈んでいっている…?
「……!!!」
助けてと言おうにも近くにいるのは追いかけてきたモンスターしかいない。
そのモンスターは太陽を背にしているせいか表情が全く読めない。
ただただ、砂に埋もれていく人間を見つめていた。
足が砂に巻き込まれ、沈んでいく。
息ができず、沈んでいくことに抵抗しようにもそれを許さない。
このまま息ができずに窒息してしまうのだろうかという考えが浮かぶ。
何秒たっただろうか。足がどこかの空間で出て動けるようになった。
まさか、どこか息ができる場所があるのか…?
じたばたと足を動かす。
意味はないかもしれないが、何もしないよりかはマシだと思った。
腰まで、動かせるようになる。どんどん体が出てきているようだ。だが、よくよく考えると足が宙に浮いている。つまり体全部が出れば落ちるということだ。
高い場所だったら生きていられる保証はないだろう。
だが、息もできないこの状況下では早く出たい気持ちの方が勝っていた。
まだ、まだ顔が砂から出ない。そろそろ息が限界に近い。
肩が出た途端、頭も同時に抜ける。
急に視界がクリアになった驚きもあるが、同時に体は下に落ちていった。
落ちる感覚に一瞬ヒヤッとしたが、すぐ地面にお尻から落ちる。
砂が溜まっていたおかげで衝撃は軽い。
落ちてきた所からはまだ砂がさらさらと落ちてきていて、フリスクのフードの上に落ちる。
全身が砂にまみれたせいか、顔も服の中も砂だらけだ。
砂の落ちてくる場所から離れ、砂まみれの顔、体を手で払う。
ここは……。
周りを見渡す。広い。なにか、石だろうか。石の壁だ。
そして、誰かがいる。丸い影と小さな影だ。太陽の光は届かないのに二人の姿が見えるのはその二人が持っている光の恩恵だろう。
「おぉ…やっと落ちてきたか。どうじゃ、生きてるか?」
影が振り返る。
白い顎髭と眉毛を長く伸ばし、右目が開いていない。緑色の肌、ごつごつとしている。長老なのだろうか。その割に茶色の冒険家のような服装をしている。
隣の小さな影は黄色いマントに大きな目と角が生えている。まるで昔読んだ恐竜のようだ。
僕はこの通り生きているのに生きているかという問いはなんだかおかしい気がするが、答えよう。
「うん。生きてる」
「なら大丈夫じゃな。ほれ、お前さんも何か言わんかい」
黄色いマントのモンスターが年老いのモンスターを見る。
「話してもいいのかじじぃ」
「あぁ、ええぞ。それといい加減じじぃと呼ぶのはやめんか。わしは一応偉いんじゃぞ」
黄色いマントのモンスターが近づいてくる。
身長はフリスクよりも小さい。
「お前!誰だ?」
ずかずかと近づいてくる。なんだか威圧的なようにも見える。
「ぼ…僕はフリスク」
その様子に少し引けを取り、後ずさる。
なんだろうかこのモンスターは。まじまじと上から下までフリスクを見つめてくる。
「おいじじぃ!こんなモンスター見たことないぞ!どんなモンスターなんだ?」
黄色いのモンスターが年老いのモンスターに尋ねた。
かなり生意気そうな口調だ。
「おぉ、そうかお前は会ったことがなかったか。こやつは人間じゃよ」
「はぁ!?」
「黄色い肌に頭から毛が生えているじゃろ?それに……なんじゃったかな。そうじゃな。お前さんと比べてちゃんと腕があるってことじゃ。たぶんな」
「じじぃ!オレが腕がないモンスターだからってバカにするな!!」
声を荒げる黄色のモンスター。マントを着ているから分からないが、腕を持つモンスターではないようだ。
よく見るとマントはオレンジ色の横線が一本入っている。
その怒る様子を見て、ふぉっふぉっふぉと年老いのモンスターは笑っていた。
「ところでお前さん、いやフリスクと言ったか。なぜこんなところへ落ちてきたんじゃ?」
この石の壁の部屋に行き着いた経緯のことを聞いているのだろうか。
「なにかに追いかけられたんだ。気づいたらここに落ちてた」
年老いのモンスターは顎に手を当てて考えてから大きく頷いた。
「ふむ、きっとあの子じゃな。あぁ…大丈夫じゃよ。悪いやつじゃあないからな。ふむ…ここにいるのもあれじゃな。どうじゃ、お前さんもついてくるか?」
「え?」
それはありがたい。でなければ真っ暗な部屋で一人きりになり、ここから出られなくなるという事態になりかねない。
それだけは本当に避けたい。
「ただし、今はこやつと歴史の勉強中でな。お前さんも付き合ってもらうぞ」
「オレは勉強なんてしたくなかったのに、じじぃが無理やり連れてきたんだ」
ムスッとした顔をしている。その様子を見てか、頭の上にポンッと手を置いてなだめるように撫でた。
「悪いな、こいつは昔から口が悪くてな。まぁ…あるやつの影響もあるんだが…こいつの名前はキッドだ。仲良くしてやってくれんか」
「おいじじぃ!勝手に名前を教えるなよ!あと頭を撫でるな!!」
「まぁまぁいいじゃないか。どのみちすぐにバレることじゃ」
「…おじいさんの名前は?」
フリスクが恐る恐る聞いてみる。いまこの状況で襲われても抵抗できないことは明白だったからだ。
「…そんなに警戒しなくてもよい。わしはただのじじぃじゃよ。キッドにもそう呼ばれておるしな。じじぃでよい」
いやいやいや、助けてくれるって言うモンスターにそんな言葉づかいはできないだろう…
そんなツッコミは心の奥にしまっておくことにしよう
「ここが一体どこか、分かるか?」
老父がフリスクに聞いてくる。
この遺跡から落ちてきてから廊下に出て、歩いている。壁には古代文字だろうか。
子供のフリスクでは読むことができず、聞いてきた言葉を返す。
「なにが?」
「この遺跡じゃよ。ここはわしらモンスターが昔々に人間から逃れるためもともとあった遺跡をちょっとばかし開拓して作った場所であり、古くからの言い伝えが眠る場所でもあるんじゃ。わしもこの遺跡を作るのに尽力を尽くしたんじゃが、時が進むにつれ、砂漠化の進むこんな土地じゃすぐに砂に埋もれてしまって、なんの意味も持たなかったがな」
フリスクの顔を見ず、話しながら前を進んでいく。
老父の持つ明かりがなければなにも見えないだろう。
どうやらここはもともと遺跡だったようだ。それが、砂のせいで埋まったってことか。
「砂漠化の激しいこの場所じゃあ、ここから逃れようとしても不可能に近いんじゃ。出ようとすれば砂が拒む。まるでここから出さないようにな…まるでこの砂漠そのものに意思が宿っているかのようじゃ…」
最後の言葉は小さく呟いた。この狭く閉鎖的な空間では声は反響して二人にもはっきりと聞こえる。
「でも、ソウルがあればここから出られるんだろ!?」
キッドがムッとした顔をして、老父に声を張り上げた。
老父はその声に驚いて耳を塞ぐ。そしてキッドの顔を見やる。
「お前は声が大きい。少しくらい静かにせんか。お前の声は耳に響くんじゃ」
「だって!!じじぃはそう言ってたじゃん!!そのソウルが7つあればこんなところから出られるって!!」
老父がフリスクの顔を見る。
……?
僕の顔に何かついているのだろうか…?
それに、ソウルとはいったいなんなのだろう?
「あー…この話はまた後にでもしようじゃないか」
「いや!この話はとても大事なことだってじじぃ言ってたじゃんか!!!こいつにも教えてやんないといけないだろ!この嘘つきじじぃ!」
罵倒が遺跡の中に響く。
老父は眉間にしわを寄せながらまだ耳を塞いでいる。
「あーあー分かった分かった。話す。話すから、だから大きな声を出すのは止めてくれ。間違って遺跡が崩れることがあったらワシらは生きてはおれんぞ」
その答えを聞けたおかげか、それとも崩れて生きていけなくなるという脅し…?の影響かキッドは黙った。
それを見て老父は深いため息をついた。
「あぁ…確かにソウルの力は強大じゃ。たった一つでたくさんの命を救うことができるが、いくつもの町を…いや…国を破壊することもできる。じゃが、それはあくまで強い意志を持つ者のソウルだけじゃ。意志の弱い者のソウルを手に入れたとしても神になれるわけではない。”ソウルを操る者の意思”と”ソウルに宿る意志”がかみ合って、ようやくなせることなんじゃ。まぁ…ワシには無理な話じゃな」
?
話が長いし、ソウルが…意志が…なんて言葉を一気に出されても何を言っているのかよく分からない。
それはキッドも同じなようで二人とも目を丸くする。
「ふぉっふぉっふぉっ…子供にはまだ分からぬ話じゃったかな…では違う話をしようかの…金色の花についての言い伝えじゃ」
!!!
金色の花と聞いてフリスクがすぐさま反応した。
老父が気づいて話を続ける。
「金色の花はあくまで言い伝えじゃ。ワシは長い時間を生きてきたが見た事はない。言い伝え、というよりも予言じゃな。予言をしたのは誰じゃったかな…。………………………忘れてしまったわい。そんなことはよいか。いずれ思い出すかもしれんからな。お前たちも知っているかもしれんが、金色の花がこのフィリア砂漠を救うとされている。だが見たものはほとんどが子供なのじゃ…お前さんは見たのか?」
老父は濁りのない瞳で真っすぐに見つめてくる。
その問いは明らかにフリスクに対しての質問だった。だがキッドが割り込んでくる。
「オレ!一度だけあるぞ!!って言っても遠目でしか見たことないし、砂のせいで見えなくなっちゃってさー本っ当に、残念だよな!もしあの時に花を取れていたらこんな砂漠から出られたかもしれないのになー」
キッドは悔しそうに地団駄を踏んでいる。
「こらキッド。むやみに遺跡を揺らすでない。本当に崩れたらどうするんじゃ。ここに入る前もそう言ったじゃろう。お前さんを連れて行ってくれと言われた両親に言いふらしてしまうぞ?」
「むむむ……」
脅しのような言葉を受け、キッドは地団駄を止めて黙り込んだ。
「ワシはお前さんに聞いていたのじゃが……まぁ、その様子だと見ているようじゃな」
思っていることを察知されていることにフリスクは驚いた。
表情の読めないため、何を考えているのか分からないと言われてきたからだ。
ただの老父ではないのかもしれない。
こくりと頷いた。
「そうか…やはりか…なぜ金色の花が砂漠を救うのか、なぜ子供の前にしか現れないのか、謎は多いのじゃ。だからワシはこうして遺跡を訪れて調べているというわけじゃ。ここの他にも遺跡はかなり埋まっていてな。この遺跡は”信仰の遺跡”と呼ばれておる。ほれ、これじゃこれじゃ」
老父が壁に向かって明かりを向ける。
壁には何か、紋章が描かれている。
真ん中に丸に翼が生えたような絵。その下に三角も模様が三つ、上の二つの三角は上向きに隣同士に並んでおり、最後の三角は他の三角とは少し下に、下向きで描かれている。
この紋章は…トリエルが着ていたローブについていた模様と同じだ。
老父が指でなぞりながらフリスクとキッドに分かりやすいように説明する。
「これは、神に捧げる紋章らしいのじゃ。真ん中の丸と翼のような部分は神を表し、下のそうじゃな、並んで上を向いているこの二つの三角はワシらモンスターを表し、一番下にあるこの紋章はいずれ現れる希望を表すそうじゃ。確かこれも予言をした奴が考えたものなんじゃが…名前と顔を忘れてしまったようじゃ……おかしい…なぜ思い出せんのじゃ…」
頭を抱える老父にキッドが一言。
「歳だからじゃないの?」と残酷な声をかけた。
少し顔をしかめてキッドを見る。
「うーむ…否定はしないがな……それとな、もう一つ話があってな。ワシらがフィリア砂漠に逃げ込んで少し経った頃じゃったかな、空に七色の光が出た事があってな。あれは…とても美しかった。一切、泣くことのなかったアズゴアが静かに涙を流すあの姿…人間に敗戦し、撤退するしかなかった悔し涙なのか、感動の涙だったのか…その印象だけは今も目に浮かぶようじゃ……。あれは後々に分かったんじゃがあれは”虹”というものらしい」
虹。パピルスも虹が見たいという話をしていた。
僕は虹を見た事があっただろうか…。………………………まぁいいか。
話を聞きながら歩いていくと奥に光が差し込んでいるのが見える。遺跡の出口だろう。
「そろそろ外に出る。お前さんはこの先に進むのか?」
老父が僕に聞いてくる。
答えは簡単だった。
「うん。僕は花を探すよ。そうキャラと約束したから」
キャラという単語に驚いた表情をした。
「ほう…キャラに会ったのか。あの子はとてもいい子じゃ。そうか、ということはキャラも花を探しておるんじゃな…フリスク、ワシからも頼む。あの子の力になってはくれんか」
真剣なまなざしをフリスクに向ける。
その瞳は前にも見たことがある。嫌な気持ちにはならない瞳。
その瞳にこくりと深く頷いた。
「うん。わかったよ。僕はキャラの助けになりたい」
答えに安心したのか老父は微笑んで頷いた。
「おいこら!!オレを置いて話をするな!」
「別にお前さんは割り来なくてもええんじゃ。まだ信仰の遺跡を調べなくてはならないからのう…」
「おい、フリスク…だっけ?もう行くのか?」
キッドが僕の顔を覗き込んでくる。
「うん。行かないといけないんだ。約束してるからね」
「……そっか。じゃあさっさと行けよ。もう会うこともないだろ」
キッドが目を逸らす。
その様子を見てか老父は小さく笑った。
「どうやらキッドはお前さんと別れるのが寂しいようじゃ。この辺りには子供もモンスターは数少ないからのぅ」
「じじぃ!余計なことを言うなっつうの!!」
「前は王子がよく遊びに来てくれたんじゃが、ある日ぱったりと来なくなってしまったんじゃ。なにかあったのかもしれんな…っとあんまり話すと本当に怒られてしまうのぅ…」
キッドが老父をにらみつけている。かなり怒っているようだ。
「あいつはっ…風邪でも引いて寝込んでるだけだ!!大人たちの悪い噂なんて聞くつもりなんてない!!!」
顔を伏せてしまう子供のモンスターの頭を優しく撫でた。
「悪いことを言ってしまったな。悪いのぅキッド。そうじゃ…きっと病に伏せっておられるだけじゃ…お前さんももう行くといい。ここを出て矢印の通りに進めばオアシスがある。そこで一休みしていくといい。そこには水があるからのぅ」
「おじいさんとキッドは、まだここを調べるんだね」
「あぁ…もしかすると砂漠から出られるヒントを得られるかもしれんからな」
「そっか…じゃあキッドともお別れだね。”今回は”あんまり話せなかったけど、またどこかで”もう一度会うこと”があればその時はちゃんとお話ししようよ」
「うん。わかった。その時はもっとちゃんと話そうぜ」
老父とキッドに別れを告げて、光へ向かって歩いて行った。
信仰の遺跡には届かなかった光。あんなに嫌だった光。
外へ行けばその光はまた身を焦がすように灼熱の熱を放ち、容赦なくフリスクに立ちはだかるだろう。
それでも、光を追い求めずにはいられないのは生ある者の性なのだろうか。
その光を求めて足は進む。
遺跡の中ではあまり感じることのなかった熱が肌に感じられる。
嫌になる暑さを感じる。外に出たくない気もしなくはないが、進まなければ、このままだ。
眩しい光に目が眩む。
目が慣れてきたら、周囲を見渡す。
茶色の砂。柔らかい砂。さっきの砂と同じだ。
矢印の看板が見える。遺跡から出てきた隣にはまた看板が置いてあり、[信仰の遺跡]と手書きで書かれていた。
オアシスがあると老父は言っていた。進んでいけばあるとも言っていた。
とりあえず進むべき目的はオアシスだ。
足を動かした、その時だった。
「お前の後ろだ、人間」
上から声が聞こえた。
振り返って上を見る。
遺跡の上にあの青い肌のモンスターがいた。
にやりと口角をあげ、獲物を見据えた瞳。もう逃がさないとでも言うかのようだ。
「七つだ」
…?
「七つのソウルがあれば、我が王、アズゴア・ドリーマー王は神になる。私たちをこの砂漠に追い詰めた人間たちに報復を与えるのだ!これは、お前ができる最初で最後の償いだ」
「…?一体何を言っているの?」
償い?報復?神?
フリスクはそのモンスターが言っている意味を全く理解できない。
「その命を私に差し出せ。さもなくば…」
モンスターが青い光を手のひらから作り出す。
その光は形状を変え、フリスクを攻撃してきたあの槍に変えた。
「私がこの手でお前を討つ!!!」
モンスターが遺跡の上から高く飛び上がった。
それはまっすぐこちらに向かって飛んでくる。
戦わなければならない!
咄嗟にポケットに入っているお守りに手を伸ばす。
戦闘が始まる。二人がそう確信していた、その時だった。
フリスクの目の前に音もなく、青いフードを被り、青緑色のマフラーをした影がいきなり現れたのだ。
サンズだ。
フリスクが呆気に取られているが、それと同時にやってきた行いに対して背中になにかが這い上がるのを感じた。
だが、その間にもモンスターの攻撃は自分に向かってくる。
サンズが手をかざした。するとサンズとフリスクを中心に白く鋭い大きな物体が何本も形成される。まるで、二人を守るかのようだ。
これは…サンズの体と同じ骨だ。体の部位で言うなら肋骨の部分。
モンスターがそれでもかまわずに槍を振り下ろした。
ガキィィィィン!!!
振動のせいなのか音が大きい。
さすがに骨を砕くことはできなかったようでモンスターは一度距離を取った。
その顔には汗がにじんでいるように見える。
「おおぉぉ………すごいすごい。アンダイン、お前強くなったなぁ。俺の防御の骨にヒビが入っちまってる」
ケタケタと笑うサンズに苛立った顔を隠しきれていないまま問いかける。
「………………サンズ……お前なんのつもりだ」
「んー?いや、ただ単にこいつに死んでもらっちゃ困ることがあるからな。それと、もう一つあるって言うなら……」
フリスクからでは見えないが、サンズの左目が藍色に染まり始めた。
「久しぶりにお前と遊びたくなった。それだけだ」
ニヤリと口角が上がる。
その返答と態度にアンダインと呼ばれたモンスターはプルプルと震え始めた。
「そんなことのために…?お前は分かっているのか?あと一つ。あと一つのソウルで私たちは人間に裁きを与えることができるんだぞ!!!」
「あー?知らねぇな。俺は俺のために生きてやる。それだけだ。だからお前がこいつに手を出すのは俺が許さない」
アンダインは槍を作り出す。
殺気が尋常ではない。思わずフリスクが殺気を感知して身震いする。
「サンズ…お前は私を本気で怒らせたようだな……あの世で後悔しろ」
「わー怖い怖い♪フリスク、オアシスまで走れ。アンダインは俺がなんとかしてやるよ」
サンズに声をかけられてハッとする。
「う…うん…分かった!ありがとうサンズ」
二人に背を向けて走り出す。
それを見届けて、サンズはアンダインに向かってこう言った。
「さってっと!じゃあ、遊ぼうぜアンダイン」
サンズとアンダインの戦いが、始まる。
Waterfall 信仰の遺跡 end
わーお、さすがSANDTALEサンズくんは戦闘狂だぁ。
更新をもう少し早めにやりたかったのですが、様々な事情により遅れざるを得なかったことをお詫びさせてください。申し訳ありません。
今回は言い伝えについてお話させていただきました。
原作と違う部分も多々あります。紋章の意味、ソウルが持つ意志、ソウルを操る者の意思。これらは私なりの原作への解釈も含まれていたりします。
ウォーターフェルはもう一話書いてから、アンダイン戦になると思われます。
では、またいつの更新になるかわかりませんが、よろしくお願いいたします。