パピルス戦 FIGHT
にやりと口角が上がっていた。
なにかの意思に操られたわけでもなく、尻ポケットに入っている折りたたみナイフを取り出し、刃の部分を出す。
砂嵐が吹き荒れる。それは今から始まるこの戦いを祝福するかのようだ。
ナイフを出して刃を出すまでの判断力の早さにパピルスは驚いている。
「そんなに俺様と稽古がしたかったのか!?これは予想外だったな!」
パピルスは意味を理解しているのだろうか?
いや、していないだろうな。
だからこそ滑稽だった。
さて、稽古を始めよう。
*Determination
「本当は何も武器を持っていないと思っていたからフリスク用の武器を持ってきていたんだが、自分の武器を持っているのならこれは必要ないな!」
フリスクの体に合った骨の武器をひょいと後ろに投げた。
投げ捨ててからパピルスは気づく。
「あ…そんな小さな武器で俺様の攻撃は受けきれないと思うぞ……」
この折りたたみナイフのことを言っているのだろう。
本当におかしいな。
「だいじょ……そんなことないよ。確かに受けきれないと思うけれど、躱せばいいだけの話になるからね」
「そっか!ならちゃんと躱すんだぞッ!」
パピルスがゆっくりと近づいている。
なぜかその額には汗がにじみ出ているようだ。何度も自分の手で拭う姿が見える。
汗はフリスクに近づけば近づくほどに止まることなく流れていく。
その異変にフリスクが気づいていることを察してパピルスが苦笑いで答える。
「……あれ、おかしいね…まだ汗をかく時間じゃないはずなのに汗が止まらないんだ。どうしてだろうね…」
「熱でもあるのかもしれないよ?風邪かもね」
「なっ…!?風邪!?やった!!俺様、風邪なんて一度も出したことなんてなかったから風邪になってみたかったんだよね!!」
無邪気に喜んでいる骨のモンスター。両手で頬骨を挟んで目をキラキラと光らせている。
なんと一片の屈託もない光だろうか。このモンスターに誰かが救われてきているのだろう。
あ、そうだ。思いついた。
ちょっと簡単すぎるかもしれないけれど、致し方ない。
「パピルス、少ししゃがんで」
「? ……あぁ!そうか、お熱が出たときはおでこを触って風邪をひいていないか確認するんだったな!」
「ん? よく知ってるね」
「あぁ!一度キャラが風邪をひいてしまったことがあってな!その時におでこに当てて熱があるか診るんだって兄ちゃんが言っていたんだ!……あっ!今の兄ちゃんって呼んだのは兄ちゃんには内緒にしてよね!」
「え?どうして?」
「だって恥ずかしいじゃないか…今更兄ちゃんって呼ぶのもさ…」
そんなこと言われてもフリスクには理解できない。
なぜならそこまで成長していないからだ。
「うーん…僕にはちょっとわからないけれど…言わないでおくよ」
「それなら助かるぞ!」
パピルスがフリスクの前にしゃがんだ。
それでも目線がフリスクよりも少し高い。それに気づいてパピルスは背中を丸めて正座をしてくれた。フリスクの身長では届かないので助かった。
右手を背後に回して汗まみれのパピルスの後頭部に左手を回す。
そしておでこをくっつけあう。
骨だからかコツンと当たる音がする。
ゴーグルを目につけているため、おでこをつけあうのはやりにくかったが仕方ない。
「フリスク、どうだ?熱はあるか?」
「んー……骨だからかな、ちょっとわかりにくい……目閉じて感じれば分かるかな?」
「そっか!目を閉じればいいのか!わかった!」
純粋な子供のようにぎゅっと目を閉じたのを確認した。
その表情はなんの疑いも持っていない。
…………………………。
にやりと口角が上がる。
次の瞬間、フリスクはパピルスの首の頸椎を思い切り掴んだ。
「!?」
想定外の出来事にパピルスが驚いて目を見開いた。
その怯みをフリスクは見逃さない。
右手に持っていた折りたたみナイフを彼の首元へ突き刺した。
ザシュッ
骨にも関わらず、肉を切ったような効果音。
一突き、たった一突き。しかも子供に、パピルスの首は簡単に胴と別れてしまった。
胴は力なくうつ伏せに倒れる。
頭を失なった体はサラサラと塵へと変わっていく。
フリスクはパピルスの顔を見ない。
その逆にパピルスは首だけになったにも関わらず、絶句しながらもフリスクを見つめていた。
「へぇ。骨って首を切り落としても頭はまだ消えないんだね!勉強になったよ!」
新しいものを発見した喜びからなのか、なぜだか嬉しそうに笑っていた。
「……フリスク…?……いや、貴様は本当にフリスクなのか…!?」
彼にしては珍しい警戒心をあらわにした表情。
パピルスの問いにフリスクは答える。
「僕はフリスクだよ。それだけは変わらない。一体何を言っているの?…あ、そっか、そうやって時間でも稼いでサンズに助けてもらうつもりなんだろう?」
「…いや、そのつもりはない。兄ちゃんは忙しいやつだからな。手を借りるまでもないッ!フリスク!目を覚ますんだ!お前は本当にこんなことがしたかったのか?」
フリスクがパピルスの頭を前に掲げるように持ち上げて、パピルスの目をしっかりと見て言った。
「君は覚えていないかもしれないけれど、僕たちがこうして”稽古”をするのは初めてじゃないんだよ」
「初めてじゃない……?何を言っているんだ…?」
意味の分かっていないパピルスの問いに対して目の前の子供はほんのわずかに微笑んでいた。
それはなにやら楽しんでいるようにも見える。
「じゃあ教えてあげようか。僕はね、戻る力を持っているんだよ。その力で前の時間に戻ることができる。だからパピルスと一緒に仲良く稽古したことも覚えてるよ」
「だから、もし、この稽古でパピルスを倒しちゃったらどうなるかなって思ってさ」
パピルスのとっては何もかも初めての経験に関わらず、そう答える目の前の子供。
「フリスク……いや、貴様はなんだ?楽しいからって理由でこんなことを…?まさか、ほかのみんなにまで同じことをしようなんて思っていないだろうなッ!!」
パピルスが声を荒げる。
だが、この砂嵐の中で耳に届くのは人間ただ一人だった。
人間が薄目になっていたゴーグルを外し、目を開く。吊り上がった目つき、浅緑色の瞳。それはとても綺麗でありながら今のこの状況では歪でしか捉えられない。
「んー……どうだろう…この力、やろうと思ってすぐにできることじゃないんだ。あ、フラウィーはこの力のことを”リセット”って言っていたよ。まぁ、そんなことどうだっていいけれどね」
パピルスが人間をにらみつける。だが、首だけになった今の姿ではなんの意味も持たない。
「必ずしも見ているものだけが一つの道だけだとは思わないことだよ。もしかしたら僕はもうすでに何度も繰り返しているかもしれないからね」
人間がパピルスの骨を砂の上に落として右足で踏みつけた。力強く、何度も何度も。
彼の骨が砕けるまで。
砂嵐のせいで踏みつける音はかき消されていく。
体が無くなってしまったしまったせいか頭蓋骨は呆気なく踏みつけるたびに割れていった。
彼のつけていた橙色のバンダナは取れ、右側頭部はほぼなくなってしまった。
「アンダイン……アルフィス……キャラ…………兄ちゃん……っ……」
遺言だろうか。そんなことお構いなしに止めと言わんばかりに人間は思い切り力を入れて骨のモンスターに向かって足を振り下ろした。
砂嵐が治まった後のその場所に藍色のパーカーを着た人影がいた。
その手には橙色のバンダナが握られていた。
「…………………………」
何を考えているのか、それは安易に理解したと言っていい物ではないだろう。
藍色の人影は人間がその先に行ったであろう洞窟を見ていた。
どんな表情をしているのか、フードを深くかぶっているためよく見えない。
ただ、いつも笑っていたはずの顔ではなかったことは確かだった。
パピルス戦 FIGHT end
いつから時間軸が同じだと錯覚していた?
私たちが見ているこの時間軸や、これから始まる時間軸が同じとは限りません。
何度も繰り返されたかもしれないし、本当に初めてかもしれない。
そう考察していただいて構いません。
次からはウォーターフェルになります。